【茅ヶ崎市役所 収納課の岸本武也さん】「Jaaたけや」としても茅ヶ崎を盛り上げたい。湘南茅ヶ崎発のお笑いライブ「茅ケ崎-1グランプリ(チガワン)」

(前回の記事はこちら→税金の滞納をなくす仕事。子どもの税教育にも取り組む。


■公務員を辞めて、お笑い芸人の道へ


――― 前回、岸本さんが茅ヶ崎市の収納課でどんなことをされているのかを伺いました。ここからは、ご入庁までの経緯について伺わせてください。


岸本 僕が最初に就いた職は静岡県の農業職というところで、お米を担当していました。

そこでお米のことが大好きになったんですけども、僕には別に好きなことがあって。


――― 別の好きなこと。


岸本 はい。それは「お笑い」です。


――― お笑いというのは、あの芸人さんの。


岸本 そうです。ずっとお笑い芸人に憧れていたのですが、大学にもお笑いのサークルがなく、お笑いをやらないまま公務員になりました。


――― 公務員になられて、でもお笑いが忘れられなかったのですね。


岸本 はい。それで静岡県職員の2年目に一念発起をしまして、浜松のお笑いライブに毎月出させてもらうようになりました。

ちなみに芸名は「Jaaたけや」です。


↓当時の写真


――― 社会人になってからお笑いを始めたのですね。しかも公務員になってから。


岸本 はい。両方の活動を同時並行でやっていたんですけども、「一生このままでいいのか」という気持ちになってきて。

自分の人生だから自分の好きなことをやろうということで、公務員を辞めて芸人一本で頑張ることにしました。


――― 公務員から芸人になるというのは、相当思い切りましたね。


岸本 実際に親を泣かせてしまったので、申し訳なかったと思うんですけどね。

ただいざ覚悟を決めて進み出したら応援してくれたのですごくありがたかったです。


■エンタの神様にも出演


――― そこから本格的にお笑い芸人としての活動が始まったのですね。


岸本 はい。そこからソニーミュージックアーティストという事務所に入りました。

先輩には小梅太夫さんやバイきんぐさん、AMEMIYAさんがいます。


――― 有名な方々ですね。


岸本 1年目はお笑いライブに出ても全然ウケなかったんですけど、試行錯誤しながら経験を積んでいきました。

それでちょっとウケるようになった2年目に、たまたま「エンタの神様」のようなテレビ番組に出られるようになってきて。


――― 2年目でテレビというのはかなりの早咲きなんじゃないですか。


岸本 そうですね、本当に運が良かったと思います。

あのときの同期だとジャングルポケットさんや渡辺直美さんとかになるんですけど、あの瞬間だけは僕も負けてなかったかも知れません。…いや、まあ当時も負けていましたね(笑)


↓当時の写真


――― すごいですね。


岸本 でも、僕はそこで止まってしまったんです。

「気まずいことがダメなんだ」っていうネタがあるんですけど、それでテレビに出られて評判もそこそこ良くて、そこで僕は満足をしてしまったんです。


――― 満足して止まってしまった。


岸本 当時としては十分な成果が出せたので。

その後、お笑いブームが終わりネタ番組がどんどんなくなって、テレビ出演が難しくなってしまいました。

そんな中、お米のネタを作って、お米関係のイベントに出たりお米の講演をしたりと活路を見出そうともしましたが、やはり食べていけず最終的にはお笑いを一度断念してしまいました。


↓お米のネタ


――― 最終的にお笑い芸人時代はどれぐらいの期間だったのですか。


岸本 お笑い芸人一本の期間は25歳から32歳までの7年間ですね。

そこから塾講師を経て、茅ヶ崎市の職員になりました。


■茅ヶ崎のPRを50音で言えます


――― どうして茅ヶ崎市の職員を選ばれたのですか。


岸本 もともと僕は公務員がスタートなので、どこかに公務員の仕事がないかと思って探していたら茅ヶ崎市役所の求人を見つけたんです。

応募条件を見たら年齢制限が当時の僕の年齢の「35歳まで」って書いてあって、応募締め切りがその求人情報を見つけた日の2日後だったんです(笑)


――― いろいろと運命的ですね(笑)


岸本 それで、次の日には茅ヶ崎に行って街の雰囲気を見てまわって、すごく気に入って。

それで締切ぎりぎりに履歴書を書いて持って行ったんです。


――― 茅ヶ崎市役所の試験ってどんな感じなんですか。


岸本 一次試験はエントリーシートだったんですけど、僕の時は6人に1人が通過していました。


――― 一次試験の時点で倍率6倍ですか。


岸本 よく通ったなあと思ったんですけど、そこから面接が3回ありました。


――― 3回はなかなか大変ですね。そこで自己PRもして。


岸本 そうですね。僕はお米に詳しかったので、特技で「50音の一文字目をいわれたら、その文字から始まるお米を言えます」というのがあるんですけれど。


――― え、じゃあ言ってみてもいいですか。


岸本 どうぞ。


――― 「や」


岸本 ヤマヒカリ。ちょっと標高の高いところで採れるお米です。



――― 早いですね(笑)


岸本 加えて、「茅ヶ崎のPRも50音で言えます」というのもあって。

ただこれはもう一度仕上げないとちょっといまできる自信が…


――― 「た」


岸本 た!えーと………た………た……………。

ごめんなさい!あとで思い出したらお知らせします!!

(※インタビュー後にご連絡をいただき、「たたみいわしが名産です」とのことでした。)


――― すぐ思い出せるのはありますか。


岸本 「す」なら…杉山愛さんの出身地です!


――― たしかに、そうですね(笑)そういうのを面接でもご披露して、無事に合格したと。


岸本 僕の中では面接というよりオーディションでした。

最終的な倍率は22.3倍だったらしいので、僕が受かったのは奇跡だと思います(笑)


■湘南茅ヶ崎発のお笑いライブ「茅ケ崎-1グランプリ(チガワン)」


――― いまはお笑い芸人としてのご活動はされているのでしょうか。


岸本 今年の1月1日から改めて「Jaaたけや」という芸名を復活させたのと、つい最近から市民団体を始めたんです。

最初の活動が2月なのでこれからなんですけど、同僚と3人で「茅ケ崎-1グランプリ」、略して「チガワン」を開催しようと思っていまして。


↓Jaaたけやとして活動を再開


――― それは「M-1グランプリ」の茅ヶ崎版ということですか。


岸本 そうです。茅ヶ崎のお笑いグランプリに芸人を10組ぐらい呼んで、僕がMCで、同僚は運営スタッフとしてやってみようかなと。


――― 面白そうですね!


岸本 2/16(土)に市民文化会館のミニホールで開催しますので、ぜひ皆さんにもお越しいただきたいです。

はじめての試みなのでどうなるかわかりませんが、まずはやってみて、茅ヶ崎にお笑いのステージがあるんだということを知ってもらえたら良いなと思っています。


――― 湘南や茅ヶ崎発のお笑いライブって新しいですね。


岸本 そうなんです。僕の夢としては、「チガワン出身の芸人を応援しよう!」という動きが生まれたり、そこから茅ヶ崎の湘南祭のようなちゃんとしたイベントに呼んでもらうような流れができることなんですよね。


――― この「エキウミ」は茅ヶ崎の雄三通りにある商店主の皆さんと一緒につくっているのですが、茅ヶ崎の商店街のイベントにお笑い芸人さんがいたらすごく面白いと思います。


岸本 あ、それすごくいいですね!

地域の役に立てるならすごく嬉しいのでぜひ一緒に取り組ませてください。

こういうのはとにかくやってみないことにははじまらないので、まずはやってみましょう!


――― 心強い仲間ができて嬉しいです。ぜひ「チガワン」をみんなで応援できたらいいなと思います。インタビューは以上です。ありがとうございました。


茅ヶ崎-1グランプリ(チガワン)


(おしまい)


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▼インタビュー・編集 小野寺将人(Blog / Facebook / Twitter

2015年、茅ヶ崎市に移住。「エキウミ」の管理人。住宅・不動産サイト運営会社、お出かけ情報サイト運営会社にて営業・企画職を経た後、現在は総合ポータルサイトにて企画職に従事。東海岸商店会の公式サイトの運営や、ハンドメイドアクセサリーブランドm'no【エムノ】のウェブマーケティングも行う。




▼編集アシスタント かんばやし ちえこ(InstagramFacebook

1988年東京都足立区生まれ。2015年に茅ヶ崎のシェアハウスへ移住後、そこで出会った夫と2018年に結婚し、現在は茅ヶ崎の海側でゆったりと二人暮らし。大学卒業後に保育園運営会社で食育や野菜栽培研修の講師などに従事。その後、親子カフェベンチャーやNPOで学童保育運営、民間貸し農園ベンチャーで農園アドバイザーなど、20代は子ども×食農関係の分野で経験を積む。

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