【インテグラルの佐山展生さん】人生120年をどう生きるか。

(前回の記事はこちら→まったく無名の人にも会う理由。看板と肩書に頼らない生き方。


■サラリーマン・オブ・ザ・イヤーからの脱却


――― 佐山さんのことをご存じない方のために、これまでのキャリアについて教えていただけますか。


佐山 私は京都市出身で、洛星中学高校から京都大学に入り、教授に言われるがまま「帝人」という会社に入社をしました。

20代の私はいわゆる模範的なサラリーマンだったので、もしこの世に「サラリーマン・オブ・ザ・イヤー」があったら毎年ノミネートされていたと思います(笑)


――― (笑)


佐山 30代になって会社の派閥とかを目にして、初めてサラリーマンとしての生き方は自分に向いていないと思ったんです。

その後33歳で当時の三井銀行に転職をして、そこから11年間は銀行でM&A関連の仕事をしていました。


――― はい。


佐山 その時、1997年4月に当時1兆2千億円の戦後最大の負債を抱えて破産したクラウン・リーシングの案件があって、日本初の破産かつ入札方式のM&A、また日本で初めて3000億円の不良債権のバルクセールを手掛けたんです。

この破算案件で、結果的に数十億円の手数料をいただくことができて。

そういうスケールの大きい日本初の仕事が面白かったので、そのまま銀行にいるつもりでした。


――― それはすごい金額ですね。


佐山 仕事が面白かったので、当時の部長に「このまま定年まで勤めたら退職金はいくらになるか聞いてもらえますか」と言ったんですね。

ずっと銀行にいるつもりだから聞いたんですが、なんと「800万円」と返ってきた。



――― それは、数十億円稼ぐ人のスケール感ではありませんね。


佐山 私もね、なにかの間違いだと思ってもう一回聞いてもらったら、やっぱり「800万円だ」と。

「あ、こらあかんわ、住宅ローンも返せないわ」と思ってね、自分で会社をやることにしたんです。

自分の人生は、自分で切り拓かないといけないと。


■想いを伝えるために


――― M&Aに詳しくない人にとっては、恐らく佐山さんは「スカイマークの再建をしている人」という印象があると思います。


佐山 2015年1月に民事再生の申立てをしてスカイマークの支援を申し出て、2015年の9月29日に会長として関わってきて、続けていて良かったと思っていることがあるんです。


――― はい。


佐山 それは、全社員へのメッセージ「さやま便り」なんですね。

就任した3年前から、毎週欠かさずこのメッセージを送り続けています。


――― 会長からのメッセージが毎週届くというのは、すごいですね。


佐山 現場のみなさんとの飲み会や、よくいろいろな方に会いに行くので、「誰々さんと会いました」とか「講演でこんな話をしました」とか、そういうことを写真付きで毎週送っています。

カメラやスマホで撮った写真をトリミングして、想いを文章にして毎週送っているので、これが実に毎回3時間ぐらいかかるんですよ(笑)

でも想いを伝えるためには、自分でやるしかありません。



――― すべてご自分でやられているのですね。


佐山 時間はかかりますが、これを続けているおかげで現場に行くたびに社員の皆さんが声をかけてくれます。

大企業の経営者というのは、社員から見て「なにをしているかわからない人」になってしまいがちですが、おかげさまで、どこの空港に行ってもみなさん私を認識してくれています。


■人生はフルマラソン


――― かつての模範的なサラリーマン人生から脱却し、経営者となった佐山さんですが、同時に大学院の教授もされていますよね。


佐山 はい。一橋大学大学院の経営管理研究科と、京都大学経営管理大学院で客員教授の仕事をさせていただいています。


――― 学生の皆さんと接する中で、よくお伝えすることなどありますか。


佐山 やはり「人生は自作自演のドラマだ」という話はよくしますね。自分の人生をドラマにすると、自分の人生ですから主演は自分、「自演」ですよね。それはみなさんよく分かっておられると思うのですが、実は、誰も身柄を拘束されている訳ではないので、自分の人生のシナリオも自分で書ける「自作」だってことを忘れがちになるんです。

また、最近では「人生100年時代」という言葉、政治家のみなさんもおっしゃるようになりましたが、ずっと前から、私は学生の皆さんに「100歳まで生きるつもりで人生設計をした方が良い」ということを言い続けてきました。

言い始めた当初は、「100年って(笑)」と言われるような時代だったんですよ。


――― ようやく世間も同じ意見になってきたわけですね。


佐山 100年と言っていた時は、まだiPSもなかったですから、最近は「120年まで生きると思った方が良い」と言っています(笑)

ところで、私の帝人時代の同期や、銀行員時代の同僚は、ほぼ全員リタイアをしていますが、いつもなにをしているんですかと聞くと、「ゴルフ、ジム・・・」だという人が多いです。


――― 悠々自適ですね。


佐山 私からすれば、そういう生活をあと30年もできるのかなと思います。

ただね、無理もない部分もあって、定年がゴールだった時代を生きてきた人たちは、要するに「ハーフマラソンを全力で走ってきた人たち」なんです。

ハーフマラソンを全力で走り切って、それで10分休憩して、「はいまたハーフ走ってください」と言われても、走る気しないでしょ?(笑)



――― それは地獄です(笑)


佐山 そう。だから学生の皆さんには、「ゴール設定を120歳にして、フルマラソンを走ろう」と言っているんです。

ハーフマラソンだと定年がゴールになってしまうけど、フルマラソンと考えたら、60歳はまだ折り返し地点じゃないですか。


―――すごくわかりやすいたとえだと思います。次の最終回では、そのフルマラソン人生を生きる佐山さんのこれからについて伺いたいと思います。


(次回につづく → まだ「ホップ・ステップ・ジャンプ」の「ス」の段階。最期は「ああおもろかったな」と言って死にます。


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▼インタビュー・編集 小野寺将人(Blog / Facebook / Twitter

2015年、茅ヶ崎市に移住。「エキウミ」の管理人。住宅・不動産サイト運営会社、お出かけ情報サイト運営会社にて営業・企画職を経た後、現在は総合ポータルサイトにて企画職に従事。東海岸商店会の公式サイトの運営や、ハンドメイドアクセサリーブランドm'no【エムノ】のウェブマーケティングも行う。

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