【スーパーたまやの原浩仁さん】あめ玉屋から始まったスーパー。105年の信頼と実績。
↓原浩仁さんのご経歴
1976年、茅ヶ崎生まれ。味の素株式会社、株式会社シージーシージャパンを経て、湘南で店舗展開を行っているスーパー「たまや」に入社。現在は四代目・代表取締役社長として経営を行う。
――― 本日はよろしくお願いします。
原 こちらこそよろしくお願いします。
――― たまやさんは現在どれだけの店舗があるのでしょうか。
原 いまちょうど10店舗で、茅ヶ崎以外にも鎌倉や大磯などにも出店しております。
たまやの創業は105年前で、スーパーの業態になったのは55年前、代表は私で4代目です。
――― 105年前は何を売っていたのですか。
原 「たまや」という名前の通り、最初はあめ玉を作って行商をしていました。
戦前戦後の物が足りない時代だったので、マッチを電車のコンテナいっぱいに5トン仕入れて売り切ったりとか、そういうこともしていたみたいです。
2代目のときにスーパーの業態になり、現在までその形を引き継いでいる状況です。
――― 面白いですね。105年もの歴史があると、それを自社の強みとして感じますか。
原 やはり長年培ってきたお客さまからの「信頼」や「安心」の実績というのは、たまやの特徴と言えると思います。
この部分はこれからも失ってはいけないところだと思っていて、例えばお肉であれば最近は「賞味期限の記載はあっても製造年月日の記載がない」というお店も増えているのですが、たまやはしっかり記載して、当日切りたて・挽きたてのものをお出ししています。
――― お客さんに良いものを出す、そして嘘をつかないということですね。
原 はい。この「品質下限を高くキープする」ための取り組みはたくさんあって、お肉だけでなくお野菜や果物などすべての食材においてこだわっている部分です。
こういう地道だけれども大事なところを守るというところは、105年続くたまやとしてのプライドと言えるかも知れません。
ただ残念ながら、非常に伝わりにくいんですけれども(笑)
↓従業員と会話する原さん
――― 一方で、それだけの長い歴史があると改革がしにくいといったことはありませんか。
原 歴史があることでやりにくいということはないのですが、改革のところで失敗をしたことはあります。
私が社長になる前の話ですが、当時はいまよりも品物の提供価格が高かったのですね。 同世代の方から「価格が高めなので毎日お店に行けない」ということを言われたことがあったので、社長になったら「同世代がもっと気軽に買い物に来れるスーパーにしよう」と決心していました。
――― なるほど。
原 それで社長になってから改革というか、価格を下げたんですよね。
そしたらコストを抑えないで価格だけ下げちゃったので、一時的に経営が悪化してしまい、社長になった年にたまやとしては24年ぶりの赤字にしてしまって…あれは参りましたね(笑)
――― お客さんのために良かれと思って、価格だけ下げちゃったのですね(笑)
原 そうなんです。本当はコスト削減と平行して価格改定をしなければいけないのですが、先走ってしまいまして(笑)
遅ればせながら後追いでコスト削減をして経営を立て直し、それ以降は無理なく価格改定をするようにしています。
――― 社長になりたてのころの失敗談も伺えましたが、次回は原さんが社長になるまでのお話を伺いたいと思います。
(次回につづく→味の素、CGCでの修行を経てたまやへ。「社長のせがれが来た」)
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【雄三通りで会えるあの人:スーパーたまやの原浩仁さん】
・第1話 あめ玉屋から始まったスーパー。105年の信頼と実績。
・第2話 味の素、CGCでの修行を経てたまやへ。「社長のせがれが来た」
・第3話 「湘南・たまやベルト構想」と「湘南・茅ヶ崎の塩構想」
▼インタビュー・編集 小野寺将人(Blog / Facebook / Twitter)
2015年、茅ヶ崎市に移住。「エキウミ」の管理人。住宅・不動産サイト運営会社、お出かけ情報サイト運営会社にて営業・企画職を経た後、現在は総合ポータルサイトにて企画職に従事。ハンドメイドアクセサリーブランドm'no【エムノ】のウェブマーケティングも行う。
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